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2006.02.02

「よそ者」について考える

嬉野Dの文章は、本当にいろいろと考えさせてくれる。今日の公式HPの日記もそうだ。
要約してから何か書こうと思ったのだが、うまく出来なかったので、思うことのみを書いていくことにする。

「よそ者」によって、その土地の文化や情緒がダメになってしまうというのは、一理あるような気がする。その一方で「よそ者」によってその土地で失われつつあった文化や情緒が見直されて、復活することもあるような気がする。

「 その土地の文化は、その土地で生まれて育った人たちにしか分からない。」

嬉野Dはそう書いているのだが、実は生まれて育った人たちにとっては、「当たり前」で、「文化」としての認識がないことも結構あるのではないか。だとすれば、それを気づかせてくれるという意味では「よそ者」の存在も結構大事なのかなあと思う。

そして、テレビという「情報」についていえば、他の土地の文化や情報を知ることで、改めて自分達の土地の文化に目を向けるということもあるように思う。それはインターネットで顔の見えない相手と交信することでも同じ。「よそ者」は、何かをダメにする可能性も持っているけれども、何かをよくしてくれる可能性も持っている。
そう考えると、「水曜どうでしょう」も「ブログ」も、私にとっては間違いなく、いろんなものをよくしてくれる「よそ者」だなあ。

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