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2006.03.31

声に出して読みたい「嬉野日記」

その昔、「声に出して読みたい日本語」という本が流行ったことがあった。といっても、実は読んだことはなく、本のタイトルだけが印象に残っているのだが、昨日の水曜どうでしょう公式HPの嬉野Dの日記を見ながら、ふと思い出したのである。

昨日の嬉野日記は、いつにもまして「嬉野ワールド」全開の文章だった。ざっと目を通しただけでも「これは(・∀・)イイ!」と思い、すぐに保存した。そしてしばらくたってから、もう一度目を通して、口の中でもごもごと小さな声を出しながら読んでみた。

もちろん、頭の中でその声は「うれしー」の声に変換されているし、台詞のようになっている文章は、そのように多少「演出」して読む。すると、先ほど目で追いかけながら読んだのとは、また違った趣がある。情景が心に浮かんでくるし、一つ一つの言葉・文章の心へ染み入り方が、全然違う。深みが増すというのだろうか、うまく表現できないのだが、とにかく違うのである。

「今日の日記」の書籍化に当たり、嬉野先生が編集を担当され、かなり加筆されているようなお話がある。この本を手に入れたら、ぜひ「声に出して読みたい」と思う。

ここからは個人的な思い出を少し。

小学校5年か6年の3者面談のときだったと思う。親と一緒に先生の前に座ると、いきなり先生が国語の教科書を渡し、「このページを読んでみて」といった。わけも分からず、そのページ(多分「最後の授業」だったような気がするのだが、定かではない)をその場で立って読み上げた。
読み終わって座ると、先生が「Kくんは、本読みが非常に上手ですよ」と褒めてくれた。
スポーツ全般は苦手で、勉強がもの凄くできるわけでもなく、かといってそんなに「バカ」でもない、「ちゅーとハンパ」だった私のそれが「長所」だったらしい。「らしい」というのは、そんな自覚は全くなかったから。こっちとしては普通に読んでいるだけなのである。ただ、関西人の癖に本を読むときには、「偽標準語」を駆使していた。それがうまく聞こえたのかもしれない。

ここで、「先生に褒められたのをきっかけに、アナウンサーになろうと・・・」なんてストーリーが成立すれば、話のネタにもなるのだが、そんなことは全くなく、当時は国鉄(現JR)の車掌になることが夢で、中学生になると、ツアーコンダクターとかもいいかなと思い出し、高校に入ったときには、ラジオ局のディレクターになるのが夢だった。年齢とともに、どんどん表舞台から裏方仕事への興味が高まっていったのである。

しゃべることには抵抗はないのだが、それが「残る」ということが耐えられない。未だに自分の声や姿が映っているもの(写真・ビデオなど)を直視できないのである。他人を撮影したり録音したり編集したりするのは大好きなんだけどねえ・・・。

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