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2010.05.05

NHK総合「ホリデーインタビュー」に鈴井貴之さん登場!(感想など)

というわけで、NHK総合で放送された「ホリデーインタビュー」を先ほど見終わったので、その感想などを書いていくことにする。

オープニングは、北海道の空と大地をバックにした番組タイトルから、8ミリカメラを構える鈴井貴之さんの姿に切り替わる。
そして、ベンチに座る鈴井さんと聞き手の南山吉弘アナウンサーが映し出され、そこにタイトルが重なる。
「メイドイン北海道でどうでしょう?~タレント・映画監督 鈴井貴之~」
「メイドイン北海道」はゴシック系書体で緑(JR北海道カラーに近い)のグラデーション、「でどうでしょう?」は、和風書体で赤(朱色に近い)で描かれている。

そして、オープニング映像が終わると、いきなり黒画面に見慣れた文字と音楽が現れる。

How do you like Wednesday?

♪チャーン チャチャチャチャ チャラララーン~

これ、いいの?NHKさん(笑)
おなじみのオープニングに続いて、「水曜どうでしょう」のシーンがいくつか流れる。
最初のシーンは、「宮崎リゾート満喫の旅」2日目のオーシャンドーム前のシーン。
続いてのシーンは、大泉さんの格好(秀樹の白い衣装・テロップ「タレント・俳優 大泉 洋さん」)を見て一瞬「サイコロ2」かと思ったのだが、後ろの風景が店の中のように見えたので、違うと判断。DVDを見た結果、これまた「宮崎リゾート満喫の旅」初日にカクテルマジックの講習を受ける前のシーンと判明した。

なぜこの企画をチョイスしたのか、あまりにもマニアックすぎる(苦笑)
映像提供はもちろん北海道テレビ(HTB)なのだが、さすがのHTBさんもこれをチョイスして提供するとは考えにくい。「ホリデーインタビュー」の制作者が、たまたま手元にあった「宮崎リゾート」のDVDから選んだのではないかと推測する。

ナレーションは、
「北海道のテレビ局が作ったバラエティ『水曜どうでしょう』。14年前に始まった人気番組です。大河ドラマでも活躍する大泉洋さんは、この番組で一躍注目されました。」

続いて、DVDのジャケットがずらりと並んだ映像になる。、
ナレーションは、
「若者を中心にファンが増え、全国のテレビ局でも放送。DVDにもなり、絶大な支持を集めています。」

この後、オーシャンドームのプールに走って入り、転ぶ大泉さんのお姿も映る。そして、その後カットインしてくる笑顔の鈴井さん(とってもお若い)。ここにナレーションが入る。
「大泉さんとともに番組を盛り上げているのが、鈴井貴之さんです。実は『水曜どうでしょう』を企画した産みの親でもあります」
盛り上げているって・・・なんとも微妙な表現(苦笑)

続いては「映画監督・鈴井貴之」の映像が登場する。

映画「river」のメイキング映像が流れる。
ナレーションは、
「鈴井さんは、タレントや放送作家としての活動に加え、10年前からは映画監督にも取り組んでいます。」
作品の多くが、拠点としている北海道が舞台となっており、これまで4本の作品を作ったことも紹介
ここで、「銀のエンゼル」のメイキング映像として、レッドカーペットを歩く鈴井さんの姿が映し出され、鈴井さんの作品が、東京や韓国などの国際映画祭へ出品し、高い評価を受けていると紹介される。

次に映し出されるのは、デスクに置かれたマックの前でスーツ姿で仕事をしている鈴井さんのお姿。これはどうやらオフィスキューの事務所の中のようである。
そして、全国で活躍するタレントを抱える事務所の社長であることも紹介され、ここで「タレント・映画監督 鈴井 貴之さん(47)」のテロップが出る。さらに「大泉洋さんも育てました」のナレーション。
いちいち言わなあかんのか?(笑)

次に、大きな扉をノックする南山アナウンサーの様子が映し出される。中に入ると、先ほど映っていたデスクに鈴井さんが座っていて、立ち上がって南山アナを迎える。ここがやはり「社長室」のようである。
鈴井さんは、この部屋のことについて「ただただ、見かけだけなんで」と謙遜。
普段のこの部屋での仕事について訪ねられた鈴井さんは、「社長というのは、弊社のタレントの大泉に言わせれば『ニックネーム』だ」などとおっしゃり、社長らしい仕事はしてないという。そして、最近は、芝居を書いたり、番組の企画書を作ったりしているとのこと。

大泉さんをはじめ、事務所の所属タレントが、北海道のみならず、全国で活躍している状態をどう捉えているのかと尋ねられた鈴井さんは、自分たちは北海道・札幌を拠点に、北海道発信の面白い・皆さんによろこんでいただけるコンテンツを、どうやって産み出せるかということを日々考えている。そして、「地方からのものづくり」を、地方の尺度で考えるとスケール感が偏ってしまうので、芸能・文化の中心である「東京」に行って、いろんなことを学んでこようということを今行っているという。

続いて、札幌から車で1時間ほどの長沼町(人口1万2千人・北海道有数の米どころ)にやってきた、鈴井さんと南山アナ。
昭和37年に生まれた鈴井さんは、小学校5年生から高校卒業までこの町で過ごしたそうである。そして、鈴井さんが通っていた長沼中央小学校を訪れる。創立114年、校舎は鈴井さんが通っていた頃のままである。
鈴井さんにとってこの場所は、今の鈴井さんの活動の原点になったという。ここで、鈴井さんが手に持っていたかばんを開けて、思い出の品を見せる。
それは、8ミリカメラ。このカメラで、小学校のときから映画を撮っていたという鈴井さん。
脚本のようなものも自分で作って、カメラを回していたそうである。
学校の敷地内はロケで使った場所だらけで、校庭の隅に置いてあるベンチが鈴井「監督」デビューの場所だという。

続いて、中学生の頃の鈴井さんの写真(制服を着て列車?に乗っている)が映し出される。
鈴井さんは、映画やテレビの世界に憧れ、ふるさとを出たいと思ったのだが、父親の説得で地元の高校に進学、大きな挫折だったそうである。

ここからは、先ほどの「ベンチ」に座って話が進んでいく。
地元に残った鈴井さんは、サッカー部に入ったものの、自分の思っていたポジションではなかったので1年生の後半からはバレー部にいって、朝練や放課後の練習などもやっていが、大会を目指したりというのはなかったとのこと。
また、納屋でバンドの練習をしたり、有志を募って演劇(コント的なもの)を上演したりもしていたそうで、バンドでは、一度はステージに立ったものの、自分には音楽的才能はまったくないなと感じたとおっしゃっていた。
鈴井さんは、こうしたことすべてが「中途半端」で、自分自身がやりたいことはあっても、何か悶々としていて、何をすればいいのか、ここじゃない場所に自分の居場所が絶対あるんだという思いにかられたそうである。自分自身が卑屈になっていた部分があるかもしれない、そして、いろんなことで悩んでいたり、違うと思っていたことの原因は、突き詰めていくと自分の中にあるともおっしゃっていた。
このあたりの話は、自身の本(ダメ人間 溜め息ばかりの青春記 (ダ・ヴィンチブックス))にも書かれている内容と重なる部分があるように思う。

高校卒業後、東京の大学を目指したものの3年続けて失敗し、大きな挫折感を抱いたまま札幌の大学(北海学園大学)に進学した鈴井さん。目標を見失う中で出会った「演劇」にのめりこみ、21歳で自分の劇団を旗揚げする。
ここで当時の舞台の写真などが出てくる。金髪の鈴井さんはかなりインパクトあり。
ナレーションは、
「型破りなストーリー展開、度肝を抜くアクションシーンなどで人気が出てきます」
この劇団の評判に地元のテレビ局が注目し、リポーターや放送作家の仕事が鈴井さんにくるようになる。

そして、またもや「水曜どうでしょう」の映像が登場する!
まずは、「サイコロ1」の第1投の前、フリップの説明シーン。続いて「運命の選択」、サイコロを振るシーン(♪何が出るかな~)も流れる。
ナレーションでは、34歳のときに始まった「水曜どうでしょう」、低予算の深夜番組で、半年間だけの放送という条件だったと説明される。

続いて、「サイコロ2」の高知駅前でのサイコロを振るシーン。そして、深夜バスの座席で寝るお二人、双葉サービスエリア(山梨県・中央道)に降り立つお二人のシーン(これは「オレンジライナー」から降りているので「サイコロ1」からのシーン)そして、先ほど流れた高知駅前でのサイコロを振った後に鈴井さんが座り込んで言う「ヤダ」のシーンが流れる(藤村Dの笑い声も流れた)。
ナレーションでは、この「ハンデ」(低予算・半年だけというのが「ハンデ」らしい)を逆手に取り、事前に台本を作らず、サイコロで行き先を決めるあてのない旅、ハプニングにかける演出をとったと説明される。
そして、形にとらわれないルーズさが、今までにない斬新な番組を産み出したと説明する。

映像は、オフィスキューの「オフィス」から右にパンして、社長室のデスクで仕事をしている鈴井社長の姿を映し出す。
ナレーションでは、鈴井さんが札幌に拠点を置きながら、全国に活動を展開していることについて、これまでになかった形だと説明する。また、おととしに作り、若者たちに開放しているというホール(cube garden)も紹介、こうした取り組みの原動力となったのが「水曜どうでしょう」という番組だったと説明する。

ここからはcube gardenでのインタビューとなる。
南山アナが、「水曜どうでしょう」が、もともとどういう形で話が来て、始まったのかのかと尋ねると、鈴井さんは、北海道ローカルの番組は、地元に根ざしたというのが第一前提で作るのだが、そういうものをいったん度外視して、北海道の番組だが、北海道じゃないところでロケをしましょう、ただ、ほんとうに「戦略」や「計算」などはいっさいなく、「まあ、どうせ半年で終わるだから」という思いで、自分たちがどうやったら面白いかな、という感じでスタートしたと語る。

さらに、自身が出演すること、そして大泉さんをパートナーに選んだことについての狙いについて尋ねられた鈴井さんは、番組のスタート当初、企画を考えたのは鈴井さんだったが、ロケ先での展開での「破天荒な部分」というのは、ディレクターや大泉さんが作り出していったものであり、彼らにはテレビ界の常識・テレビ人の常識があまりなかった。だから現場ではいつも鈴井さんがイライラしていて、「こんなんでどうするんだ」「段取りどうするんだ」といっても「そんなの決めてない」「どうなるか分からないじゃない」といわれ、「それでいいのか」「何かあったらどうするんだ」と「ハラハラ・ドキドキ」していたのは鈴井さんだけで、他のメンバーにとっては、「なるようにしかならないよ」という感じで、いい意味での「開き直り」があったので、ああいう番組になったのだろうとおっしゃっていた。

もともとあまり制約がなかった、自由な雰囲気があったということが大きいのかという問いに対して、鈴井さんは、「サイコロの旅」において、日本国内でも、サイコロを振るということは、どこに行くのか分からない、この先何がおこるかわからないというところが、この番組の面白さであると思ったと語る。さらに、出ている人間・作っている人間にとっては「ドキュメンタリー」であるともおっしゃっていた。

番組をやってみて、得たもの・学んだものはどういうことかという問いに対して、鈴井さんは、例えとして、形の悪い・ねじ曲がったきゅうりかもしれないが、味は、こんなにみずみずしいきゅうりは食べたことあるか?というものを作りたいと思う一方で、きれいな形のきゅうりというものも、需要があると思うので、どちらかを肯定し、どちらかを否定するのではなく、両者のバランス、それを自分たちは北海道を拠点にしているから分かることでもある。今東京で動いていることはこういうこと、だから地方ではこういうことをやる、また、地方でこういうことが足りないから、中央でこういうことを学んでこよう、というような形で、両方のいいところ・利点を生かして、自分たちの表現というものは、いったいどういうものが出来るのかという可能性を探っている段階だと語る。

いろいろと試せる、それが地方の良さ、財産なのかもしれないという南山アナに対して、鈴井さんは、北海道には「開拓者精神」というものが、まだまだ実践できる場所だと思うので、地方だと1度や2度の失敗でめげないで、「もう1回やらせてください!」「まあ、しょうがねえなあ、もう1回だけだぞ」といってくれる可能性があるかもしれないけれども、大きなものになれば、1回失敗したらもう2度とお声はかからないということは実際にあるともおっしゃっていた。

続いて映画を作るということについて、「水曜どうでしょう」などで得られた「自信」というか、「手ごたえ」も生かしてという感じなのかという問いに対して、鈴井さんは、もともとは小学生の頃から8ミリを撮ったりして、映像を作りたいというのが最初のスタートだったので、自己表現をする場は何かというところに、映像だという風に移行していったと語る。

映画「銀のエンゼル」のシーンが流れる。
ナレーションでは、10年前から始めた映画制作の中で、3作目の「銀のエンゼル」は、大自然だけではない北海道のイメージを映像化しようとした意欲作だと紹介される。

鈴井さんは、「きれいな北海道の風景」を切り取った映画は今までにもたくさんあったと思うので、その中で自分はロケをした11月から12月にかけての冬を迎える前・晩秋に色がなくなる・一面グレー・空もどんよりしていて、草木も枯れている北海道の「寒々しい光景」の中に、生きている人たちの息吹、暖かい人間関係というものを出したかった。さらに、あの映画の中ではどこかに必ず「人工物」を入れたかった、例えば「電線」「電柱」など。自然ではないもの、特に「電線」というものは、鈴井さんの中に、この映画の裏のテーマとして、人が生活しているところに、必要としているところに、電気がいくわけだから、電線が通っているというのは「人が生きている」という「証」だというのが、自然豊かな北海道の中で、一見景観を害しているような存在だが、それよりも生きることがまずは大前提にあるというのがあって、東京から来たスタッフに「これ(電線)入れないほうがきれいですよ」「いや、入れて!」というやりとりもあったそうである。
結果論としては、道民には理解してもらえたが、道外の人にとっては「やっぱり絵ハガキみたいな景色を見せてよ」というのが本音であった。鈴井さんは、地元にいるからこそ、地元に対する思いが強すぎて、本来日本全国の方々が見たいと思っていたものを、シャットアウトしてしまったというのが、「銀のエンゼル」の作り方であった。あえて北海道だからこそ、ちょっとはずした北海道を作ってきたけれども、やはり真正面から正対して見ての「北海道」、その中に「直球」だけではない「変化球」を織り交ぜながら、作品が作れるかなということにトライしてみたいともおっしゃっていた。

映像は、「OOPARTS」のオーディション告知チラシに切り替わる。
今年、12年ぶりに舞台に挑戦する鈴井さん。一般からキャストを募集し、札幌で作り上げ、東京や大阪でも公演する予定という。
これについて、鈴井さんは、俳優であったり、演劇活動であったり、タレントも含めて、そういうことをやろうと思って、北海道の人間が上京する。しかし上京したら、東京にはそういう人がものすごくたくさんいる。その中で競争して、勝ち残った人だけがやっと出てこれる。甲子園にたとえるならば、「地方予選・東京ブロック」は大変である。だが、俳優やタレントというのは北海道にそんなにないということであれば、「地方予選」はそんなに難しくはない。そこで、ちょっと抜きん出るものを表現としてやって、それが注目されるようなことにならないだろうか。
日本人は1億人が「田舎モノ」なのだから、みんな田舎モノで、田舎モノネットワークでいいじゃないかと、1億人がみんなで手をつないだら、すごい力になるということも話をしている。自分が地方だから、としり込みしてしまうのではなくて、地方だから1回や2回失敗してもいいじゃない、せめて3回目ぐらいに何か答えが出ればいいのかなということで、トライしてみるのが、地方それぞれの「お国柄」がいろんなものに反映されて面白いのではないかと思う。改めて、鈴井さん自身にとっては、北海道の面白さというものは、今も特に感じているところだとおっしゃっていた。

再び「river」のメイキング映像が流れ、最後は鈴井さんが長沼町の道を一人で歩き、カメラからフレームアウトして番組は終了。

番組の最後のほうは、鈴井さんの言葉だけを拾ってまとめていくと、分かったような分からないような文章になってしまうのだが、要は東京に出て行くことだけがメジャーになる唯一の道筋ではない、「水曜どうでしょう」や、大泉さん、さらにはTEAM NACSのみなさんがそうであったように、地方で活躍することで、中央から注目され、そこからメジャーになっていくことも出来るんだということを言いたかったのかなと思ったりもする。

内容について言えば、特に目新しいものは見当たらない。昔から鈴井さんのことをご存知のファンのみなさんなら「いまさら何を言うとるねん」といった感じではないだろうか。なぜこのタイミングで鈴井さんを取り上げたのか・・・あまり深く考えるのはやめよう。

「どうラー」視点でのポイントとしては、「それでいいのか」「何かあったらどうするんだ」と「ハラハラ・ドキドキ」していたのは鈴井さんだけで、他のメンバーにとっては、「なるようにしかならないよ」という感じで、いい意味での「開き直り」があったので、ああいう番組になったのだろうとおっしゃっていた部分。
結局、最後は鈴井さんも「なるようにしかならないよ」(追記:いい意味での開き直りではなく、諦めの境地に至るとでもいうべきか)という感じになってしまい、ぐだぐだになってしまったことが、現時点での「最新作」がああなってしまった原因だろうということに、改めて気づかされた。
やっぱり、最後まであきらめない・「合宿」を強行するミスターどうでしょう・鈴井貴之でないとダメだ!
(最後は番組と関係ない話になったが・・・まあいいか。)

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コメント

感想読ませていただきました!
細部まで書かれていたので、どんな様子だったかなど想像できました。文章力?が凄いですね。
まさか、NHKがどうでしょうの映像を流すとは思いませんでした。そして、映像のチョイスが…

「合宿」を強行するミスターどうでしょう 鈴井貴之じゃないとダメというのは確かにそうですね。「合宿」を強行してこそどうでしょうが成り立ってるのかな


前記事のコメントのコメント
週3回見てますか!さすがですね。
今年、ジャンボリー行かれるんですか?

投稿: kobashi | 2010.05.05 02:06

kobashi様
コメントありがとうございます。
いやあ、「文章力?」はないですよ。単なる「書き起こし」ですから(苦笑)
あと、「どうでしょう」の映像使用に関しては、藤村Dを討論番組に出演させたくらいですから、そのこと自体に大きな驚きはなかったのですが、企画のチョイスがすごすぎましたね(笑)

「『合宿』を強行してこそどうでしょうが成り立ってるのかな」という点については、同意です。「決めたことを守ろう」とする人と、それを破ろうとする人とのせめぎ会いが、面白さの要素のひとつだと思います(サイコロの旅でもそうですよね、「サイコロの出た目が絶対」ですから)

最後に・・・ジャンボリーですが、2006年と2008年は参戦させていただきました。今年は、まだチケットも手に入れてないですし(一般発売は今週土曜日でしたね)、休みとお金の都合がつくかどうか微妙なところなので、現時点では「未定」です。

投稿: K_S | 2010.05.05 06:13

 どうもブログでは久しぶりです。

 北海道のみ再放送があったので録画しました。

>これ、いいの?NHKさん(笑)
 いえいえ、『トップランナー』で『ハナタレナックス』の映像使用時、特撮番組顔負けな怪人が現れて光線を放ち、それを素手で弾き返すシゲちゃんのシーンよりはマニアックじゃないですし、その頃から『どうでしょう』は必須アイテムです。

>なぜこの企画をチョイスしたのか、あまりにもマニアックすぎる。

 これ・・・観直してみて気付いたのですが、インタビュー内容にしっかりあった話です。
 この話も『銀のエンゼル』も‘スタッフは楽しめたけど観ている側は楽しめなかった’話で同時に‘ファンの要望通りに作って失敗した’話でもあります。
 つまり東京だと一度の失敗が致命傷となるけれど、地方ならまだやり直せる、という意味で使用したような気がします。

 なんか‘なるようにしかならない’というのが諦めの境地、ととらえている風に読めますが、この言葉をミスターに教えた監督さんは諦めではなく、開き直りとしてこんな意味の事を言っていました。うろ覚えですが。
「自分としては最高の話を作ったつもりでいるけれど、面白くなかったらごめんね。でも次はもっと面白い話にするから。次こそ最高傑作作るから」
 深作さんという人との対談で彼は結果として遺作となる作品について力説してました。その時から次回作に意欲示して。

 ファンが望んだものを作ったとしても受け入れられない時期、一度の失敗が致命傷と思われる風潮に失敗を恐れずチャレンジし、東京偏向主義を少し否定するミスターの姿を撮りたかったような気が、します。

 最近、あの予告音楽に慣れてしまったZAP01533でした。
(((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((((m(._.)m
 では。

投稿: ZAP01533 | 2010.05.10 15:58

ZAP01533様
お久しぶりです。コメントありがとうございます。
「どうでしょう」のオープニング映像については、何の前触れもなく流れてきたので、普通に「どうでしょう」が始まってしまうのではないかと思いまして(笑)

「宮崎の旅」を使った理由、なかなか深い読みですね。でも「宮崎の旅」がどういうものかを知らないとそこまで思いつかないですね。やっぱり「マニア向け」ということでしょうか(笑)

「最新作のどうでしょう」について触れた「なるようにしかならない」の部分ですが、おっしゃるように「諦めの境地」といった意味で捉えて書いております(本文内に少し追記しました)。
「いい意味での開き直り」からくる「なるようにしかならない」からは「いい結果」が生まれるように思うのですが、「諦めの境地」からくる「なるようにしかならない」からは「いい結果」は生まれないのではないかと思います。

「どうでしょう」の話は、この番組が伝えたいこととはまた別の話なので、同じ記事の中に書いてしまったのは、よくなかったのかなあと思っております。

投稿: K_S | 2010.05.10 20:45

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