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2010.07.18

樋口了一コンサート「手紙~親愛なる子供たちへ~」 at 三重県川越町に行く

2010年7月17日(土)、三重県川越町で行われた樋口了一さんのコンサートに行ってきた。
当日は午前中に仕事を終え、実家から車(通称「ロケ車」)を引っ張り出し、途中2度の渋滞に巻き込まれながらも何とか時間前に会場である「川越町あいあいホール」に到着。

18時の会場を待ってホール内に入ると、ステージ上にはグランドピアノとギターがセッティングされている。
18時29分に1ベルと影アナが入り、18時34分暗転。ギターの森竹忠太郎さんとピアノの岡本洋さんがスタンバイ。そして、樋口了一さんの登場である!
今日も最初の曲は、いつものあの曲から。

M1 HOW?

歌い終わると樋口さんが「ありがとうございます。樋口了一と申します」「最後まで友達の家に遊びに来たような感じでリラックスして聴いてください」とご挨拶。
そして、今回樋口さんのライブに初めて来られた方に拍手を求める。かなり多い!
さらに、何度も来たことある方にも拍手を求める・・・今日は初めての方が圧倒的に多いようである。
続いて、一番遠くから来た人を訪ねる樋口さん。一番前の席に陣取っていた方に尋ねると「岡山」と回答。場内から驚きの声が上がる。
樋口さんは「旅」に関係ある人に縁があり、自分自身もとまらずに旅をしているという。
ここで、「宣伝させてください」といって、アルバム「よろこびの歌」の話へ。1曲目の「HOW?」がこのアルバムの1曲目に入っていること、樋口さん自身がジョン・レノンのファンで、彼の曲名を「真似した」ことなどを話されていた。また、「HOW?」のエピソードとしておなじみの、息子さんとショッピングモールでけんかした話もされていた(ちなみにコンサート前日にはじめてのお泊り保育だったそうである)。

「HOW?」の「舞台(ショッピングモール)」は東京の多摩だったのだが、続いての曲では「長崎へ飛んでください」という樋口さん。
五島列島の福江島に伝わる「みみらく伝説」と「ちゃんここの舞」から生まれた曲。「ハウステンボスを思い浮かべながら聴いてください」とおっしゃっていたような気がする(笑)あと、「三重にはスペイン村がありますよね」とも。

M2 みみらく霊歌

曲終わりでは、この曲が出来るきっかけとなった「ちゃんここのちーちゃん」との出会いの話をされていた。ちーちゃんにこの「みみらく霊歌」を届けるのはいったいいつになるのだろうか。

続いての曲は、まだCDになっていない曲。
2年位前(実際は3年前)に東北新幹線の車内で、ラジオ番組のDJをされている番井奈歩さんから聴いた話を元に、番井さんが話を膨らませて詞を書き、樋口さんが曲をつけて、ラジオの中だけで発表されたという曲。

M3 明日彩-azisai-

初めて聴く曲だったのだが、コード進行がとても好みで素晴らしい曲であった。
ちなみにこの曲が出来るまでの経緯は、番井さんのブログ記事に詳しく書かれているので、下記よりご覧いただければと思う。

番井奈歩の『跳べ!!』
#300 新曲ができるまで
#317 アジサイの歌(仮)
#428 『明日彩-azisai-』サンプル盤

今度は宮城県に、という樋口さん(「どこかの番組みたい」と一瞬あの番組の話をされたような気がする)。
すでに廃線になってしまった「くりはら田園鉄道」通称「くりでん」の古い駅舎で、自分の故郷を思い出して、故郷に対する思いを曲にしたもの。

M4 Windy Train

この曲名について、知り合いの関西弁しか話さないニューヨーカーのマイケルに聞くと、「変な英語やなー。でも詞はなんでもええねん。」といったとか。
時速300キロで走り、窓の開かない東北新幹線の「はやて」と、時速30キロで走り、窓が開いて風を感じる「くりでん」とどちらが「風の列車」といえば、「くりでん」だともおっしゃっていた。

続いては宮城から奄美へ。
樋口さんは、次の曲が出来るまでの経緯を話し始めた。
大阪の本屋さんでなかにし礼さんの「長崎ぶらぶら節」を購入した樋口さん。その本の中で、埋もれている歌を発掘していくというストーリーを読んで、自分でもこんなことをやってみたいと思ったそうである。そんなときに奄美の島唄である「朝花節」に出会い、そこで一人時の女性の一生の物語が浮かんできて出来たのが、「朝花」という曲。
その「朝花」が出来てから2年後に石川さゆりさんがカバーして101枚目のシングルとして発売された。さらに、石川さゆりさんは現在明治座で「長崎ぶらぶら節」のお芝居に出演されており、その舞台の第2部の1曲目で歌われるのが「朝花」という「ぐるりと1周した」話をされていた。

M5 朝花

いつものように2番からは手拍子つきであった。

ここで「次の歌はいつも座って歌っているので」と椅子に座る樋口さん。
先ほどの「朝花」の歌詞にあった「瞬きの間に過ぎていったこの生を悔やむ曇りはあらず」という詞について、熊本にいる樋口さんのお父様と樋口さんが八代平野の田んぼのあぜ道をドライブしていたときに、お父様がふと言われた「ああ、人生一瞬だったな」という言葉から生まれたというお話をされた。
そして、「手紙」の詞(言葉)について、10年前に出会っていたら曲はつけていないだろう、2人の子どもが生まれ。家族がいるという環境の中で出会ったから極にしたということもおっしゃっていた。
そして、この言葉に出会ったとき、自分の子ども・自分の親・そして自分がないまぜになって浮かんできて、心をわしづかみにされ、しばらくして曲をつけたこと、最初はライブだけだったのが、昨年はいろんな場所で歌った、今日はここでしか作れない「手紙」にしましょう、自分だけの「手紙」を綴ってくださいとおっしゃっていた。

M6 手紙~親愛なる子どもたちへ~

この歌の中で「悲しいことではないんだ」という歌詞は、ずっと頭の中で鳴り響いていて消えず、書き加えた言葉で、自分のような「若造」がこの曲を唄っていいんだろうかと思っていたときに、お父様が一緒に焼酎を飲みながら、昔話(いつも同じなのだが、面白い)の後におっしゃった「人が生まれてきて、成長して、経験して、元の世界に戻るのは、神様が創った自然の摂理。自然の摂理が悲しいわけがない。だから悲しむな」といわれたことなどもお話されていた(詞を書いた1週間後に言われたそうである。もちろんそんな詞を書いているということは一切伝えていない)。

続いて、ポストマンライブの話へ。先日60回目を終了したそうで、これからも各地を回るので応募してくださいともおっしゃっていた。

「ここから立ち上がりまして」と立ち上がる樋口さん。
いつものように、ここから急上昇するのが樋口さんのライブである。

19歳のときに東京に出てきて故郷には戻らない、そのときの向こう見ずな気持ちを著名な画家に重ね合わせて作った曲、といえばあの曲しかない!

M7 GOGH

「無類の『GOGH』好き」としては、うれしい限りである。
ということは、この曲終わりでそのまま「1/6の夢旅人2002」につながるのかな?と思いきや、そうではなかった。曲終わりで聞こえてきたのは、不気味な「笑い声」・・・あの曲か!!!

M8 今日もどこかでデビルマン(サンタナ風アレンジ)
合間の「掛け声(?)」は、カラムーチョ・ランボルギーニ・マラドーナ。
ギターの森竹さん、そしてピアノの岡本さんのソロパートもあり、かなりの盛り上がりを見せつつ、本編最後の曲へとつながっていく。もちろんあの曲である!!!!

M7 1/6の夢旅人2002

コール&レスポンスは、三重中、あいあいホール中、あずさちゃん中。いつもよりコール&レスポンスの回数が多かったような気がする。

ここでいったん3人がはける。拍手が手拍子に変わり、しばらくすると、再び3人が登場する。
樋口さんは開口一番「いやー盛り上がったねえ」
樋口さんいわく、ホールの名前(あいあいホール)がぴったりだったからとのこと。
そして最後の2曲についてのタイトル紹介と解説。
最後の曲「1/6の夢旅人2002」は、テレビ番組「水曜どうでしょう」のエンディング曲で、いまや大河ドラマに出演する大泉洋さんの学生時代から出ている番組だという「プチうんちく」を紹介。
メンバー紹介を挟んで、もう1曲についても解説。
「今日もどこかでデビルマン」をなぜ歌ったのかについて、すごく好きな曲で実際にカバーしたと説明(ベスト盤「ベストコレクション~あの頃の僕がいるなら~」に収録されている)。また、曲の説明では、デビルマンが東京タワーに腰掛けてる映像についても触れていた(懐かしい!)
「カバー曲」つながりから、アルバム「よろこびのうた」の中で唯一のカバー曲をみんなで一緒に歌いたいという樋口さん。「みんなのうた」でも採用された曲であること、1番と5番が同じ歌詞であることを説明した後1コーラスさわりを歌って、いつものようにカズーで曲へ。

アンコール1 切手のないおくりもの

曲終わりで、三重ではデビュー以来FM局等でお世話になっており、いつも近鉄電車に乗ってやってきていたこと(今日も新幹線と近鉄を乗り継いできたそうである)、さらに近鉄電車に「ものすごい広い車内の車両がありますよね、談話室みたいな」という。
誰も反応してなかったのだが、おそらくそれは「ビスタカー」の2階建て車両の1階席の話ではないかと思われる。確か改造されて、グループ利用専用になるはずである。
そして、これからも神出鬼没でいろんなところに来るので、気軽に「あいあいホールで見ましたよ」と声をかけてくれたら「あー、なんて言いますから」といいつつ、最後の曲へ。
最後の曲もCD未発売の曲である。
下北沢の路上詩人であった竹内めぐみさんの詩に感銘を受けて、「曲にしない?」と声をかけて、詩を膨らませてもらった曲で、ライブだけでしかやらない曲。最近のコンサートの「締め」の定番である。

アンコール2 咲ける花

最後にもう一度メンバー紹介をして、「また来ます!ぜひ来てください。ありがとうございました」と挨拶されて、20時9分にコンサートは終演。
その後樋口さんは、かなりの時間をかけて握手会を実施されていた。

前回のつくば(記事はこちら)に比べれば、圧倒的に近いはずの三重なのだが、3連休の初日に車で行くというのは、ちょっと無理があったかもしれない。現在かなりやられ気味である(苦笑)。次こそはもう少し近場でコンサートをお願いしたいところである。

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