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2017.01.17

阪神・淡路大震災から22年、街の復興とともに走り続けた車両「阪神9000系」

2017年1月17日。阪神・淡路大震災から22年を迎えるこの日、今年も5時46分よりも前に目が覚めた。
テレビでは、地元のサンテレビと関西テレビが特別番組を放送し、NHK、ABC、よみうりテレビが東遊園地からの中継を行っていた。テレビを見終えて、身支度を整えて仕事へと向かう。最寄駅から電車に乗り込み、ふと22年前のことを思い出す。

JRは六甲道駅付近の高架が甚大な被害を受けていた。昼夜関係なく復旧工事を進め、4月1日に復旧。一方阪急と阪神はもう少し復旧に時間がかかっていた。
特に阪神は、石屋川車庫が被災・崩壊し、多くの車両が被災し、廃車となった。特に特急・急行で使用される車両は30両も不足し、早急に車両を新造する必要があった。
当時阪神の車両は子会社である武庫川車両工業で製造していたが、他の車両の製造もあり、短期間で30両もの車両を新造することができなかったため、川崎重工業兵庫工場に発注。震災の翌年1996年に誕生した車両が今も活躍している。その車両とは9000系。

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当時の阪神にはなかったステンレスボディの車体、急行系車両としては初めてのVVVFインバータ制御車という珍しい車両である。震災がなければこの車両は生まれていなかっただろう。
誕生当初は特急や急行、準急として、現在は近鉄戦直通の快速急行に使用されることが多い9000系。震災の翌年からずっと神戸の街を走り続け、復興していく様を見続けてきた車両ともいえる。これからもまだまだ走り続けてほしいものである。

余談1
しかし、30両もの新造車両を短期間で作った川崎重工業兵庫工場、さすが「JALではなせない技を可能にする」(by大泉洋from水曜どうでしょうサイコロ3後編第2夜)企業だなあ(笑)。
余談2
上に掲載した9000系の写真を撮影するために尼崎駅のホームで30分以上待ってようやく撮影することができた。普段乗る電車の写真ストックも必要だなあ。

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