放送

2007.07.12

「1回」が「10回」に・・・

回数は「10倍」になるけれども、それは根本的な「解決策」なのだろうか・・・

<コピー緩和>デジタル放送からDVD、1回を最大10回に(Yahoo!ニュース-毎日新聞-)

現在、HDDレコーダーでデジタル放送を録画すると、DVDにコピーした段階でHDD上のデータは消える(いわゆる「ムーブ」)。アナログのテレビ放送なら、コピーの制限はないのに、同じ放送内容でも「デジタル放送」経由であれば、DVDに1回しか移すことが出来ない。もし、DVDの「焼き」に失敗すれば、番組データは跡形もなく消えてしまうのである。

記事によれば、この度、総務省の検討委員会で、このデジタル放送のコピー回数を最大10回まで可能とする(10回目のコピーで元データが消える)という案がまとまり、来年にも対応した機器が商品化されることになる見通しになったとのこと。

確かに、コピーの制限が緩和されたことはいいことかもしれない。しかし、これまで複製の制限がなかったアナログ放送によるテレビ番組が、「国の施策」でデジタル放送に変わったというだけで、私的複製が制限されてしまうというのは、一消費者としてはちょっと納得のいかない部分ではある。

それに、10回という回数の決め方も、記事によれば(以下引用)

「3人家族の家庭で、1人が3回録画できる」ことを基準に「9回」までは元データを残せるようにした
(引用ここまで)

という、どう見ても「こじつけ」としか思えない理由付けである。

著作権者の違法コピーを防止したいという訴えは、よく理解できるのだが、そのことによって「善良な」一般の消費者が不利を被るというのは、よいことではないだろう。まあ、一般の消費者であれば「10回」もコピーできれば十分なのかもしれないが・・・。

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2007.06.27

MBSラジオでも「サウンドコレクション」が放送されます!

昨日記事にした、「ナイタースペシャル サウンドコレクション。大泉洋のCUE MUSIC JAM-BOREE in 夕張スペシャル」だが、先ほどYahoo!テレビのラジオ番組表を確認したところ、MBSラジオでも放送されることが判明した。

これで関西の広い範囲で大泉さんのラジオがクリアに聞こえることになるだろう。
放送時間は、18時から、周波数は1179KHzである。

(追記)ちなみに、大泉さんの地元・北海道ではSTVラジオで放送される。HBCラジオにレギュラー出演している大泉さんのお声が、今日はSTVラジオから聞こえてくることになる。

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2007.06.26

大泉洋・全国ネットのラジオ番組に初挑戦・・・

普通なら「これは大ニュース!」と喜び勇んで記事にする内容のはずなのだが・・・。

大泉洋さんが、全国ネットのラジオに、メインパーソナリティとして登場する。

ニッポン放送「ナイタースペシャル サウンドコレクション。大泉洋のCUE MUSIC JAM-BOREE in 夕張スペシャル」

野球中継のない夜に放送される番組「ナイタースペシャル サウンドコレクション」は、ニッポン放送をキーステーションにNRN系列のラジオ局で放送されている番組である。

明日、6月26日(水)18時から(ニッポン放送は19時から)の放送は、大泉さんをメインパーソナリティに、ゲストにオフィスキュー代表取締役社長鈴井貴之さんを迎えての放送となる。
「CUE MUSIC JAM-BOREE in 夕張スペシャル」と題されているので、内容はそのまんまだろう(苦笑)。一応、大泉さんのCUE DIARYやCUE公式サイトには、番組で募集するメールのテーマとして、

「北海道のここが好き・ここが嫌い&私の地元のここが好き・ここが嫌い」
「大泉洋に言いたい事」

の2つを取り上げているが、結局はCMJの宣伝に他ならないことは明白である。

もうみなさん、同じように思っていらっしゃると思うのだが・・・

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2005.02.27

中村貴子さんとラブ・ポーションと懐かしラジオ

今日スタレビさんがゲスト出演されたNHK-FMの「ワンナイト・ライブスタンド」、この番組の進行を担当されていたのが中村貴子さん。
中村貴子さんといえば、「ラブ・ポーション」というバンドにいらっしゃったことを覚えている方もいるのではないだろうか。
個人的には、1985年・神戸で行われた学生のオリンピック「ユニバーシアード神戸大会」の隣でひっそり行われたミニ博覧会「グリーンエキスポ'85」イメージソング「緑の恋がもえた頃」はよく聴いた記憶がある。
バンド活動を3年間で解散された後は、ラジオパーソナリティーとして活躍されているのだが、公式HPのプロフィールを見ていて懐かしい番組を発見した。

1986.10-87.7 CR 「おかげさまブラザーズのフォーラスフォーラス」
1986.10-88.3 MBS 「マツダIt's A Party」

「おかげさまブラザーズのフォーラスフォーラス」は、日曜日の夕方にやっていたように記憶している。
一度自分のはがきが紹介されて、スタジオの様子を撮影したと思われる生写真をいただいた。
「マツダIt's A Party」は、土曜の夜に放送されていた公開録音番組で、いろんなアーティストが出演されていた。
確か嘉門達夫さんが司会をされていたような気がする。あのころはよくラジオを聴いていたなあ・・・。

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2004.12.22

AMラジオ局の周波数はすべて9の倍数ってさあ・・・

そんなネタでも「トリビア」かよ!と突っ込んだ人も多いのではないだろうか。
まあ、それもあるのだが、もうひとつ言わせていただくならば、ラジオ関西のところで、「通天閣」の映像はないだろう!そこは「ポートタワー」にしろよぉ、局社のすぐそばなのに!あれでは、ラジオ関西は「大阪」の放送局だと思われてしまう。ラジオ関西は紛れも無く「神戸」の放送局なのだから。

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2004.05.06

なぜか木曜「R」をちょっと聞く

さて、「うたばん」が終わったが実のところあまりちゃんと見ていない。というのは、AIR-Gさんの「R」で大泉さんの特集をやるという情報を得たからである。

ちょっと「ゴチャゴチャ」やって、8時過ぎから「R」を聞き始めた。

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2004.04.09

「ラジオたんぱ」と「AM神戸」

TEAROOM☆NAOKO-ANNEX-さんをのぞいてみたら、こんな記事を見つけた。

さよなら「ラジオたんぱ」

「ラジオたんぱ」こと日本短波放送(昨年10月に「日経ラジオ社」に社名変更)が、4月1日から「ラジオNIKKEI」に名前を変えたという記事である。
名前を変えたラジオ局といえば、神戸の放送局「AM神戸」も「ラジオ関西」に名前を変更(というか元に戻した)している。こちらは社名は「ラジオ関西」のままである。

実はこの2社、就職活動で最終面接まで残った会社である。最終面接の時期もほぼ同時期で、どちらかから内定はいただけると思っていたら両方アウトで、結構ショックだったことがいまでも思い出される。
今思えば、父が競馬中継を聞くのにラジオを持っていたなあということと、株式情報くらいのイメージしか持っていないにもかかわらず、「ラジオたんぱ」へ就職しようとしたのはちょっと無謀だった。何せ最初の面接で「たんぱは聞いたことないんです。父の持っているラジオで一度聞いてみようと思ったら、ラジオが壊れてまして」と面接官の前で言ったくらいである。
ラジオ関西の時は、当時局社が須磨にあり(現在はハーバーランドにある)、住まいも須磨にあったことから「家から近いのでぜひ働きたい」と言ったような気がする。高校生の頃に、ラジオ関西のスタジオを使って番組を制作したことがあることも言ったように思う。
今は、どちらの局も聞くことはないのだが、ラジオは相変わらず好きで、土曜日などは朝から昼過ぎまでつけっぱなしである。聞きながら思う、やっぱり聞く側ではなく、作る側になりたかったなと・・・。

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2004.03.19

空きチャンネル使い、勝手にTV放送…32歳男を逮捕 - 読売新聞社

空きチャンネル使い、勝手にTV放送…32歳男を逮捕 Yahoo!ニュース - 社会 - 読売新聞社
空きチャンネル使い、勝手にTV放送…32歳男を逮捕 NEWS@Nifty(読売新聞)
※どちらも同じ記事。

どうせなら自分でカメラ回して編集して番組作って流してみろといいたい(もちろんそれでも違法行為だが)。
そういえば昔、FM波を飛ばしてミニFM放送局なんてことをやったことがある。これも、電波の強さによっては電波法違反だし、市販のCDを流せば著作権法に引っかかる。
今やるとすればインターネット放送だろうか。しかしこれも、著作権がらみで既存の曲は流せない(Webのラジオ番組を聞くと、曲の部分だけが差し替えされている)。
このあたり、何とかならないだろうか?JASRACさん。

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2004.02.28

有限会社さだまさし大世界社

「TEAROOM☆NAOKO -ANNEX-」さんが、NHKBS2で放送されたさだまさしさんのリクエスト番組のことを書かれている。

番組の企画は、30周年記念コンサートで歌われた148曲について視聴者からリクエストを募って映像を紹介し、上位3曲はスタジオライブでお届け、ということでしたが、1位は「主人公」でした。

とくにさださんファンというわけではないが、「主人公」はさださんの歌の中でも好きなもののひとつだ。あと「道化師のソネット」もいいなと思う。「ファンというわけではない」と書いたが、過去をさかのぼれば、どちらかといえば「嫌い」な歌手だったように思う。
それがいつの間にか嫌いでなくなったのは、さださんのラジオ番組を聴いていたからだと思う。といっても、「セイ!ヤング」ではない。「有限会社さだまさし大世界社」という番組である。
ABCラジオで聞いていたのだが、放送時間が土曜日のお昼過ぎだった。大体土曜日は午前中から車に乗って遊びに行ったり買い物に行ったりすることが多かった。
「羽川秀樹のLLらんど」や「まるごと情報マガジン」(ABC島田大アナがやっていた)を聴きながら、その流れできいていたのがこの「大世界社」だった。
覚えているコーナーは「大分合同新聞ミニ件簿」だ。「大分合同新聞」という大分の地方紙夕刊に連載されている「ミニ事件簿」という記事を紹介していくのコーナーなのだが、これがよく出来た話なのである。大分に行ったときには、おもわず「大分合同新聞」を買ってしまったこともあった。
もう今は終わってしまったが、もう一度聴いてみたいラジオ番組のひとつである。

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2004.02.23

大阪タワーに最期迫る

@nifty:NEWS:高層化に負けたウルトラマン…大阪タワーに最期迫る(読売新聞)

「おはよう朝日です」「おはようコールABC」などは、この大阪タワーにある「スカイスタジオ」から放送していた。番組名のロゴの左上に「スカイスタジオ」という文字があったように思う。
一度はタワーに登ってみたいと思って、数年前にいってみたらすでに閉鎖されていた(当時は「おはようコール」がまだスカイスタジオ発だったと思う)。
JRで淀川を渡るとき見えるこのタワー・そしてホテルプラザ跡の景色もあと4年である。

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2004.02.22

「ワッキーの地名しりとり」を初見する

名古屋に旅行中である。ホテルで何か面白そうな番組はないかテレビ欄とにらめっこしていると、見つけた。「ノブナガ」(CBC)である。以前から話には聞いていたのだが、まだ一度も見たことがない。
「ワッキーの地名しりとり」というコーナーが人気らしい。聞くところに寄れば、ワッキーなる人物が地名しりとりでいろんなところに飛ばされるらしい。「クァンガク」(MBS)の「レシートすごろく」に近いような感じだろうか(「レシートすごろく」については、また後日書くことにしたい)。

この「ワッキー」こと脇田寧人さんは、吉本興業所属の芸人で「ペナルティ」というコンビを組んでいるそうだ。あれ、どこかで聞いたような気が・・・そうか!「めちゃ×2イケてる!」(CX)の「笑わず嫌い王」に出ていたコンビだ。どんなネタをしていたかもう覚えてはいないが・・・。

で、番組が始まったので見始めたのだが、前のコーナーが長い長い。睡魔に負けそうになりながら、何とか「地名しりとり」がスタート。愛知・岐阜・三重の3県にたどり着くことが目的で、あとは三重県だけが残っているようだ。
で、3年もやっていてまだ終わらないらしい。聞いた人が行ったことのある場所しかしりとりでいえないという縛りも、なかなかゴールできない要因のひとつなのかもしれない。

で今回は、253日目で静岡県伊東市富戸(と)からスタート、出た地名が徳島市。直後に出会った人が番組を知っている人というのもありがちなパターンである。
徳島では駅の所在地である寺島本町東(し)から標津町(北海道)が出る。実は志摩町(三重県)にも行ったことがあるのに、別の町名が出るのも、予想通りの展開だ。結局、翌日は移動途中の東京で一泊というところで番組は終了。
最後にお知らせとして「地名しりとり」が本になるというのは「レシートすごろく」と同じ流れだ。おそらく番組ロケはゴールを迎えて終わっているのだろう。(追記)2004年10月16日の放送でようやくゴールされるとのこと。

さて、見ての感想であるが・・・うーん、どうでしょうさんを初見したときのインパクトには程遠い感じだ。何の知識もなくたまたま見たのならまた印象も違ったのかもしれない(どうでしょうさんとの出会いについては、また後日書くことにしたい)。

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2004.02.21

道外から「ハナタレナックス」を楽しむ

タイトル見ただけでわかる人は少数だろうが、「ハナタレナックス」とは、北海道テレビ(HTB・テレビ朝日系列)が制作している番組で、北海道で絶大な人気を誇る劇団TEAM-NACS(一部では「北のSMAP」と呼ばれているらしい)のメンバーが出演する番組である。
今回は、特別に大泉洋さんのミュージックステーション出演に密着した内容とのこと。当然のことながら北海道以外の地域では放送されない。おそらく一部の道外人は北海道へ上陸しその模様を見たものと思われる。
こちらとしても時間と金さえあれば、当然見に行きたかったわけだが、どちらもなくあきらめざるを得なかった。
しかし、道外にいながら楽しむ方法を見つけた。某掲示板の「実況」を読むことである。
これは以前、「水曜どうでしょう」幻の最終回(2002年9月4日)も同じ方法で楽しんだことがある。このときは、最終回ではないことがわかり、PCの画面を見ながらちょっとうれしかった(上陸していた人には申し訳ないが)。
今回もこの「実況」をリアルタイムで読もうと思っていたのだが、睡魔には勝てず、気づけばすでに番組は終わっている時間だった。
「まずい・・・・」あわてて「実況」を見に行くと、幸運なことにログが残っていたので、番組の最初あたりから目を通してみた。・・・いいなあ、やっぱり。文字だけでも面白いってことは伝わるものだ。何とか見ることは出来ないものか・・・。

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2004.02.16

サイコロ関連番組3「サイコロの出目で生活」(「?マジっすか!」より)

さて、「旅はサイコロまかせ」の紹介で最後に書いた関西ローカルの番組のことについて書いてみたいと思う。その番組とは「?マジっすか!」(MBS)である。
この番組は2001年4月から放送された番組で最初は昼に放送されていたが、途中から深夜帯に移動、番組内容もだんだん変わっていき、変わるごとにつまらなくなっていったという、お笑い番組にはありがちなパターンの番組であった。
一番最初の番組内容は、毎週10組の芸人がテーマに沿ったVTRをつくり、一般視聴者から選ばれた審査員がそのVTRにランクをつけ、1位になれば翌週の番組タイトルに自分の芸名が冠としてつく。逆に最下位になればレギュラーからはずされ、翌週は新しい芸人がレギュラーとなるというものであった。
2001年5月20日のテーマは「出」。ここで初登場し、いきなり1位をとったのがケンドーコバヤシさんの「サイコロの出目で生活」というVTRである。
ケンドーコバヤシさんは、ピン芸人である。昔はハリガネロックのユウキロックさんと「松口vs小林」というコンビを組んでいたり、「モストデンジャラスコンビ」というコンビを組んでいたらしい。プロレスネタが多いのだが、マニアックすぎて一般人にはついていけない。ものすごく好き嫌いの分かれる芸人さんだと思われる。
さて、この「サイコロの出目で生活」の内容だが、タイトルのとおり、朝起きてから寝るまで1日をサイコロの出目によって生活していくというもの。例えば、

起床してタバコをすう本数を決めるのにサイコロを振る。
出た目は「5」、5本まとめて火をつけ、吸ってむせる。

他にも、

のどが渇いてコーラを飲もうと思い、6台並んだ自動販売機から1台を選ぶ。
出た目は「6」、6台目だけがなぜか「ポッキー」の自販機。

牛丼屋に入り、食べる数を決める。
出た目「6」、2杯ほど店で食うが後はお持ち帰りする。

最後に就寝時、照明の紐スイッチ引く数を決める。
出た目は忘れたが、その数引いてみると、ついたまま寝ることになる。

(記憶に頼っての記載のため、一部誤りがある可能性あり)

文章化すると大して面白みは伝わらないのだが、このVTRを初見したときは、あまりのくだらなさに死ぬほど笑った。なぜビデオにとって永久保存しようとしなかったのか、今でも悔やまれる。

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2004.02.15

サイコロ関連番組2「旅はサイコロまかせ」

関西ローカル番組の次は、世界のサイコロ番組を取り上げてみる。
「旅はサイコロまかせ」NHKのBSで一時期放送していた番組である。原題は「The Diceman」、そのまますぎるタイトルである。
この番組が作られたのは1997年春、英国で制作され、4つのシリーズで構成されており1シリーズ15回の番組で構成されている。「水曜どうでしょう」風に言うなら「サイコロ1」から「サイコロ4」まであって、それぞれが第1夜から第15夜まであるといったところだろうか。
番組は、企画兼出演者のラッセル・ハリスさんとカメラマンのショーン・フェントンさんの2人ですすめられる。このあたりもどうでしょうさんとよく似ている。ラッセルさんは「ミスターどうでしょう」鈴井貴之さんと大泉洋さんの二人、ショーンさんは藤村忠寿Dと嬉野雅道Dの二人を兼ねているといっていいだろう。
番組は、どうでしょうさんのサイコロシリーズと同じ。行き先を選び、サイコロの目で出た場所へ移動する。基本はどうでしょうさんと同じなのだが、違う点がいくつかある。

1.行き先はその土地の人に聞いて選択肢にする。
2.奇数・偶数の目で選択肢を決定することがある。
3.現地の人とふれあい、観光もする。

「移動がメイン」
(by大泉洋さんfrom「サイコロ1」八幡浜-臼杵のフェリー内)ではなく、行った先での行動がメインになっているところが大きな違いといえるだろう。したがって、普通の旅番組の要素ももっているのがこの「旅はサイコロまかせ」といえるだろう。

「最古のパブ」という回が手元に残っている。ここでラッセルさんは、非常に興味深い発言をしている。旅は21日目、アイルランドの東部ダブリンから始まる。サイコロの目で船に乗ってダブリンに移動してきた二人は朝食をとり、店の人からきいた2箇所を選択肢に、サイコロを振って奇数を出し、トリニティカレッジへ移動する。そこで、なんとこの大学の学生寮に宿泊する。夏休みには学生がいないので、寮を一般に開放しているらしい。
大学職員のトニーさんにおいしい黒ビールの飲めるパブを聞いた二人は、そのパブへ向かいビールを飲む。一杯飲み干した後、もう一杯飲むか、移動するかをサイコロで決める。

「奇数ならもう一杯、偶数ならあきらめる」

隣の客にサイコロを託すラッセルさん。そして、出た目は

「6」

偶数である。ガックリするラッセルさん、「やり直せば?」と客がいい、店の人が「そんなにかたく考えなくても」と言われた後に一言こういったのである。

「いいえ、サイコロには逆らえないんです」

どうでしょうさんでも、同じようなことをいう場面がある。

「あのサイコロの目が絶対なんだから」
(by鈴井さんfrom「サイコロ1」臼杵-小倉「にちりん」車内)

日本とアイルランド、遠く離れた異国の地で、サイコロひとつに思いを託す人がそれぞれいるというところに、「サイコロ」企画の奥深さを感じずにはいられない。
もうひとつ、この番組について触れておかねばならないことがある。企画・出演のラッセルさんがこの番組を思いついたきっかけとなった本があるということだ。ルーク・ラインハートさんの書いた小説「The Diceman」である。残念ながらまだ本を読んだことがないのだが、精神科医がサイコロによっていろんなことを決めていくというストーリーのようだ。何とか探し出して読んでみたいと思っている。
サイコロで行動を決めていくということで言えば、もうひとつ思い出される番組があるのだが、それは別記事にて紹介したいと思う。今度はまた関西ローカル番組である。

参考HP
「The Diceman」番組公式HP
ルーク・ラインハートさんのHP

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2004.02.13

サイコロ関連番組1「バスdeコロコロ」

サイコロを使った番組というのは、考えてみると結構あるものである。そんな番組を思いつくまま書いていきたいと思うのだが、まずは関西ローカルの番組を取り上げてみる。
「バスdeコロコロ」(関西テレビ)
1998年10月にスタートし、越前屋俵太さんとひさうちみちおさんの二人がサイコロ片手に京都のバスに乗りながら、町をうろうろする番組だった。最初のころは、サイコロを振って出た目の数のバス停で降りるとか、これから乗るバスの行き先を1から6の目にするなど、サイコロをきちんと使っていたのだが、だんだんサイコロが使われなくなっていったように思われる。
この番組は、関西テレビだけでなくCS京都チャンネルでも放送され、CSでは1時間の特別バージョンになっていた。このCSを見るためだけにスカイパーフェクTVに入ったことは、あまり公言したくない過去である。
この番組のテーマ曲「バスdeコロコロ」「ダイス天国」を演奏している「越前屋俵太withYESMAN BOOGIE BAND」は、越前屋さんの番組「Let's Go PAPAS」(MBS)や「GOGO!タイランド](ABC)、さらには映画「THE HEARTMAN」のテーマ曲などを集めたアルバム[THE HEARTMAN」を発売しており、また一度だけ江坂でライブを行ったことがある。
またこのバンドメンバーは、やしきたかじんさんのコンサートバンドのバンドマスターや横山ノックさんの親戚など、そうそうたるメンバーで構成されている。

ちなみに、「NOZ姐日々是精進…してるか?」さんが疑問に思っているどうでしょうさんの「サイコロの旅」とどちらが先なのか?ということであるが、答えは次のとおりである。
「バスdeコロコロ」 第1回放送は1998年10月1日
「水曜どうでしょう」 第1回放送(サイコロ1)は1996年10月9日
したがって、どうでしょうさんの方が先ということである。

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2004.02.05

歌手のプロモ活動3~関西ローカルTV~

昔は、在版各局が制作する公開バラエティ番組が存在した。またそれらの番組は、歌手にとってのプロモーションの場でもあった。例えば、ヤングおー!おー!(MBS)やヤングプラザ(ABC)などがこれに当たる。
関西の若手お笑い芸人のゲームコーナーなどがあるなかで、歌のコーナーもあり、新人歌手だけでなく、いろんな歌手が新曲を披露していたように思う。
新曲プロモーションの場としては、他にもおはよう朝日です(ABC)やわいわいサタデー(ABC)なども挙げることが出来るだろう。「おはよう朝日です」に出る歌手は、前日ホテルプラザに宿泊し、その後スカイスタジオで「口パク」で歌うというのがお約束であった。また、「わいわいサタデー」では、大阪駅の駅ビル「アクティ大阪」15Fにあった「駅スタ」で、「○○美人コンテスト」の特別審査員をさせられて、審査結果発表までの間に歌う姿がよく見られたものだ。

いまや、ホテルプラザは廃業(跡地には大塚家具が入居)、大阪タワーも営業をやめ、スカイスタジオは使われていない。また「駅スタ」も今はなく、朝日放送は数年すれば、現在の大淀のビル(関西の放送局で最も古い局社屋)から、中之島の再開発ビルへ移転する。

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2004.02.03

歌手のプロモ活動2~再度ヤングタウンについて~

記憶に残っているMBSヤングタウンの出演者を書き出してあることに気がついた。

岩崎宏美→河合奈保子→芳本美代子
谷村新司・ばんばひろふみ→根本要(スターダスト・レビュー)

これは、同じ事務所同士での出演者の入れ替えになっている。上は芸映、下はアップフロントエージェンシー(UFA)である。
ということは、ヤングタウンのレギュラーには「事務所枠」があったのではないか。事務所がタレントのプロモート場所として、番組出演の枠を押さえていた。ヤングタウンという番組が持つ格が事務所を動かしたように思える。もちろん何の確証もないわけだが、現在もモーニング娘。のメンバーがヤングタウンにレギュラー出演している(メンバーは週代わりらしい、聴いたことないので不明)のは、UFA枠が生き残っているからかもしれない。

「河合奈保子音楽夜話日誌」さんが、MBSヤングタウンの持つ番組の格についてのお話をされている。読んで思わず納得した。

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2004.01.31

歌手のプロモ活動1~ヤングタウン~

「河合奈保子音楽夜話日誌」さんの記事より

大阪毎日放送のヤングタウンの当時の聴取率は抜群に素晴らしく
ニューミュージック系の新人歌手の登竜門と化していました。
奈保子さん以前には石川優子さん、その後も渡辺美里さん(原田伸朗さんとのコンビ)
確か当時は芸映所属だった今井美樹さん(島田紳助さんとのコンビ)等、蒼々たる面々
奈保子さんにとってこの放送はプロモーション的にもかなり重要だった気がします。

確かにヤングタウンはレギュラーパーソナリティの新曲が出るたびにいろいろとプロモーション活動に使われていた。有名なところでは、谷村新司さんの「ドラゴン作戦」だろうか。「夢の世代」とか「22歳」といった谷村さんの曲を「ザ・ベストテン」にランクインさせるためにリクエストハガキを出すというものだったと思う。リスナーが集まって「ドラゴン集会」などというものを実施したりしていたように記憶している。ただ特にファンというわけでもなかったので参加はしなかった。
渡辺美里さんは、「My Revolution」発売のときに、リスナーが買ったレコードジャケットにサインをするという約束をしたりしていたようだ(原田伸朗さんがどこかで書いていた記憶が・・・ソース不明)。

ここでふと思ったことがある。東京なら、深夜ラジオで歌手やタレントがレギュラー番組を持つとなると、たいていの場合「ピン」(その人一人・あるいは一組)ではないだろうか(ニッポン放送「オールナイトニッポン」など)。それに比べて、大阪では必ずといっていいほど他のタレントや局アナと組んでいる。メインパーソナリティではない場合も多々ある。果たしてどちらのほうがその歌手にとってメリットがあるのだろう。「ピン」であれば、番組時間のすべてが自分のためにあり、いわば「いつでも宣伝やり放題」である。それに対して大阪では、他のパーソナリティも立てなければならないし、時間的には宣伝にかけられる時間は少ないように思える。
それでも「大阪方式」(勝手に命名)のほうがよいように思えるのは、他のパーソナリティと会話することで、本人の持ち味が一人でしゃべる以上に引き出せる可能性を持っているからではないだろうか。河合さんは、ピンの番組も持っていたが、そこではほんとに「普通」の歌手でしかなかった。それが、「ヤングタウン」では、嘉門達夫さんはじめいろんな人にいじられまくり、TVでは見ることの出来ない「素」の部分を見せることが出来た。また、大阪のリスナーは、「素」を見せないとついてこないというところもあるように思う。
かなり長文になってしまい読みにくいことをお詫び申し上げたい。番組を使ったプロモーション活動についてはこれからもいくつか書いてみようと考えている。

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2004.01.29

「なおたつ賞」の思い出

ラジオにはまった事のある人間なら、いろんなコーナーにハガキを送ったことがあるのではないだろうか。そこでハガキが採用されると番組のグッズがもらえるのが常である。
河合奈保子さんの音楽ネタで必ず出てくる「MBSヤングタウン火曜日」では、番組グッズである「ヤンタンステッカー」の裏に出演者のサインを入れたものをプレゼントしていた。河合さんのサインが入ったものが「なおこ賞」、嘉門達夫さんのサインが入ると「たつお賞」、この二人のサインが一緒に入ったものが「なおたつ賞」、さらにMBSの局アナであった長井展光さんのサインが入ると「なおたつなが賞」と呼んでいた。
実は、手元に「なおたつ賞」がある。いったい何のコーナーでもらったのか、ずっと思い出そうとしていたが、ようやく思い出した。「アホが見るブタのケツのコーナー」である。「どこのクラスにもいるこんな奴」を紹介するコーナーで、こんなネタを投稿した。

「モノの金額をチロルチョコにたとえる奴。例えば「俺、嘉門達夫のレコード買った」「あほやなあ、もったいないことして、チロルチョコ70個も買えるやん」

そんな感じのネタだったはずである。採用されたのは、後にも先にもこれ1回。いったい何枚のハガキを書いたのか、今となってはわからない。ただ、当時は「ネタノート」を作ってネタを書きとめ、ハガキを書くたびにいつ投稿したかを記録していたように思う。もうそのノートもどこへ行ったかわからない。

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新カテゴリ「放送」

「映画・テレビ」というカテゴリはあるのに「ラジオ」がないのは何でだろう。かといって、「ラジオ」だけでは内容的に厳しくなりそうなので「放送」というカテゴリを作ってみた。ラジオ・テレビの番組についてはもちろんだが、放送局そのものについても書いていけると考えている。

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